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西村敏彦のほらふき・ドンドン

シックハウス問題以降の「これから」を考える
  今年の夏はいそがしかった。
‘03年7月1日より建築基準法に付け加えられた「シックハウス対策のための規制」の法律が施行されたため、‘95年よりテーマにしていたシックハウス問題の自分なりの「中間総括」を行なうために全国あちこちで催されたセミナーに出席したためです。
そのセミナーのテキストや資料を机の上に重ねると10cmぐらいになります。
私たちがシックハウス問題の入口としたのはシロアリ駆除剤で、シロアリ駆除剤をめぐるトラブルで国民生活センターが異例の呼びかけを行なった‘94年のことでした。ちょうどその年にはオウム真理教による松本サリン事件が起こり、何か象徴的な事件が起こったという感じをうけたことを覚えています。
‘95年に故市川氏、北里大学の宮里氏のセミナーを受講し、「シックハウスシンドローム」という全体像の把握をしたのでした。‘94年に「住宅金融公庫」が仕様書を改定し、薬剤処理以外のシロアリ対策を示唆しているにもかかわらず、建築行政は建築基準法をタテに薬剤によるシロアリ駆除を推しつけ、孤立無援の闘いが続いていていましたが、行動していく中で、同じようなことで、ガンバッテいる仲間に出会うことができました。
‘96年に筑後地区では初めて(意識的にシックハウス対策をやった)「自然住宅」の設計に仕掛ることができたのですが、シロアリ対策一つ取り上げても建築行政とのケンカばかりで、建築基準法のウラをかくことばかりでした。 それから8年間、すごいスピードでシックハウス対策が整備されました。今回の法施行は画期的なことで、8年前に比べたら大変革と言っても過言でありません。今回はホルムアルデヒドの規制だけであり、それ以外のトルエン、キシレン等、TVOCなど12項目には手づかずの状態であり、まだ第一歩を踏み出したばかりというのが本当の所でしょうか?但し、問題点がない訳ではありません。‘96年に平田米男代議士が国会でシックハウス問題を取り上げて以来、‘97年に「健康住宅研究会(旧建設省、旧厚生省、旧通 産省、林野庁、その他業界団体)」の設立、‘98年ホルムアルデヒドのガイドライン発表など、官によりシックハウス問題のイニチアチブが取られており、今回の法施行においても草の根で活動している仲間の意見が反映されておらず、運動の方向性や戦略というものを見直さなければいけないと思います。
さらに、シックハウス問題は環境問題への入口でもありました。シックハウス問題を根本から見直すことで、自然の中で生かされているありがたさを知り、家づくりを通 してどのようにしたら環境(室内環境、地域環境、地球環境)に寄与できるかを考えるきっかけになりました。例えば、シックハウス問題とは室内環境の空気質の問題でもあります。健康への負荷の少ない建材(以下エコマテリアルと呼ぶ)としてムク材、それも近くの山の木である杉・桧・松は私たちの身近な存在でした。
近くの山の木(日田林業)で「木の家づくり」をすると人工林(日田林業の木はほとんど人工林)に50年〜60年サイクルで木の苗が植林され、若木が二酸化炭素を体内に固定していきます。その連鎖が地域環境に寄与していくことを知りました。
「木の家づくり」を活性化させることで、地域の産業である林業を活性化できるのではないかと「NPO緑の列島ネットワーク九州連絡会議」を立ち上げました。
地域社会を循環型とするために森の利用と再生システムの構築が課題となってきます。川の「上流」「下流」流域の生産と消費の問題を山のつながりで九州全体で総括的に考えていこうとするものです。その活動の中で浮上してきたのが、いわゆる農産物でいう「地産地消」ということです。
 

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