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西村敏彦のほらふき・ドンドン
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| 住まい方を創る 第4回 |
| 日本の住宅の歴史の中で“だんらん”の空間の変化と発達を考えてみたい。“だんらん”という言葉も居間という空間もその歴史は大変浅い。日本の家族生活のなかに“居間でのだんらん”という生活が定着してきたのは、ごく最近の戦後になってからといってよい。これに対応するかつての空間は「茶の間」と呼ばれる空間であった。しかし、この「茶の間」の歴史も決して古くはない。「茶の間」にちゃぶ台が不可欠なものであるが、このちゃぶ台が登場するのが明治時代からである。ちゃぶ台とは食卓であり、それも座式の食卓であり、これを囲んで家族が食事をするのである。ちゃぶ台は折りたたみができて、丸いから移動も簡単であり、座につく人数にも許容性が高く便利なものであった。明治後期の都市の生活では、小鍋で煮付けたおかずをちゃぶ台の真ん中において(「小鍋立」という)家族が鍋をつつきあう光景が出現しだしたのである。食事のあと、家族がここで夜の時間を過ごした。これが「茶の間」と呼ばれるモノとなった。家族の“だんらん”の生活がはっきり意識されていたわけでなく、また空間として保障されていたわけでもない。これ以前にも「ひばち」や「コタツ」といった家族の寄る場所はあったが、どちらも非常に小型で、どちらかといえばゼイタクなもので、隠居した家長のものであった。これに孫たちが寄ることはあっても、まだ家族の「だんらん」とはいえないものであった。つまり、茶の間とちゃぶ台の登場を契機として、日本人の都市生活に初めて(それも武士階級の流れをうけた生活)「だんらん」の萌芽が現れてきたのである。 * * * 現在、居間空間の主役はテレビである。今日、テレビのない家庭はほとんどなく、個室に1台などという時代に入ったといわれる。テレビを見ている時には、いかに家族がいても一人一人はテレビに集中し、そこには家族のコミュニケーションは成り立ちにくい。番組の途中で、その批評や賛意がすこしは話題になることはあっても断片的である。番組が終わると一斉に会話が始まる。番組が始まると静かになる。もっと注意深く見ているとコマーシャルの時間になると一斉に会話が始まるのである。現代の子供たちは10分〜15分ごとにコマーシャルの入る生活に慣れてしまい、長時間の映画鑑賞は疲れてしまうそうである。いずれにしても,番組の間かコマーシャルの間だけの会話ではあまりにも貧弱すぎるのである。しかも、テレビへの目線は一方方向であるために家族同士の顔があわずコミュニケーションがいっそう成り立たなくなっているのである。 「ちゃぶ台」といえば小津安ニ郎の映画である。東京・山の手の典型的な中産階級のサラリーマン家庭を描いて秀逸な小津映画に出てくるのが茶の間をめぐる日常的なドラマである。例えば「麦秋」(1951)は鎌倉に住む間宮家の娘(原節子)が結婚するまでの物語。子持ちの男と結婚したいと言い出した原節子に家族は最初には反対するが、彼女の決意が固いと知って最後は祝福する。そして嫁いでいく彼女を囲んで一家の最後の食事のシーン。 両親・兄夫婦とその子供たちとちゃぶ台につく。食事はスキヤキ。コンロを置き、そこに鍋をかけてみんなで回りを囲む。まるで農家のイロリのような雰囲気。この時代の中産階級の典型的な一家だんらんの光景である。家族の絆が今以上に強かった時代にはスキヤキの鍋を囲むことは家族の楽しい儀式であった。鍋を中心にして家族が対面して目線を合わせて会話するのである。一方、森田芳光は「家族ゲーム」の中で現代の食事風景を描写する。家族は横に並び、それぞれ勝手にモノローグを語りながら(決して会話にならない)食事をする。伊丹十三はウンチクを語りながら目玉焼の黄身をチューチューとすすり、由紀さおりはその隣でオロオロする。松田優作は中学生の子供と食卓の食物を手にとりオモチャのように投げ合いをする。森田芳光は「個食」に代表される現代の状況を象徴的に描いているのだろう。 つづく |
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