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西村敏彦のほらふき・ドンドン
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| カシコイ住まい手をめざして 第1回 |
| 吹抜の功罪 「空間」という言葉は、日本語の語感では屋根や壁によって規定された空気の形を思いおこす。あるいは、ある物質がその周辺とともにかもしだす雰囲気も想起される。さて、その有限の三次元的空間、特に内部空間をどう構成するか?それがデザインの一大側面であり、いわゆる「建築家」はそこに彫刻的な空間意識を前面に押し出すタイプが多く見られる。私たちは「空間」とはくらしを入れる器をデザインした結果だと思っているので、わざとらしいことをあまりやらない。 たとえば「吹抜」である。住宅の場合、一番広いのは居間だが、たかだか20帖程度、ここに2層分の天井高をとるとすれば恣意的にやっているのである。もちろん部屋が広くなると必然的に天井高も高くしなければならない。でも2層分の天井高が必要なのは百帖敷ほどの広さからである。 私たちも「吹抜」を作ることもあるが、わざとではなく、ごく自然にそうなるように設計する。住宅の場合、どうしても階段と関連して初めて「吹抜」を作る気になる。階段は一種の「吹抜」であり「穴」である。その穴を唐突ではなく構成しようとする判断と、その家に対する意図とが重なる時、「吹抜」を作ることにしている。この場合、快適な温熱環境を作ることがエアコンなどの空気対流型の暖房器を使うと難しい。温められた空気は上昇し、冷やされた空気は降下する。だから下から暖めて、上から冷やせばいいように思うが、一般に「吹抜」の底に生活があるのだから、とくに冬、効率的に暖房することが難しくなる。空気対流型の暖房器ではなく、輻射型の暖房器(パネルヒーター、床暖房、薪ストーブなど)の採用が最適であるがコストがかかってくる。かつて1970年代に大型エアコンを使い「吹抜」を利用した「セントラルヒーティング」の住宅が建てられましたが、前記のような理由で冬寒いので、2階の床を作り「吹抜」をふさいだということがありました。 あとは「音」の問題です。「気配を感じられる」家ということが言われていますが、「吹抜」を作るとヒソヒソ話なども「吹抜」を通じてツツヌケになってしまいます。 今年の冬、N邸の温熱環境リフォームを行ないました。N邸は九州では有名な建築家S氏の設計によるもので、他社で施工されたものです。「吹抜」があって開口部が多く、壁も「泥壁」で、家全体で考えた時、断熱性が低いため、各部屋で夜ファンヒーターをつけても寒くて眠れない位だったそうです。そこで、開口部のシングルガラスを真空ペアガラスに変更し、和風住宅で障子の仕切りが多かったので、障子を和紙とポリカ板のタイコ張によって温熱環境を改善しました。そのNさんが話してくれたことですが、進学問題やお金の話など子供に聞かせたくない話や夫婦だけの話の時には外に出で車の中で話し合われたことや、またそのような事が子供さんに不信感を与えたりしたこともあったそうです。それくらい話はツツヌケになってしまいます。「気配が感じられる」家というのも程度ものということでしょうか? * * * まとめて |
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