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西村敏彦のほらふき・ドンドン

幻の「家事室」「書斎」 1
 封建的な、あるいは伝統的なプランニングには室に名前などなかった。和室とか板の間とか、そのような呼び名であった。しかし戦後のモダンリビングの考え方では、機能主義となり、空間と生活行為は必ず対応関係にあり、部屋は機能に応じて分化され、それぞれの部屋に名前がついていったのである。
ところで、「家事室」とはどういう部屋なのか?そこには机と椅子が用意され、洋裁・アイロンかけ・手芸・家計簿等の整理をする所と説明されている。大方は台所に続く狭く暗い部屋で、暗く見晴らしも悪く気がめげそうな中で誰がミシンなどかけるだろうかと思うばかりである。新しい時代の要求に応えて「家事室」が設けられた背景には、主婦の場、女の領域を確立させる願望があったのだ。女に「家事室」男に「書斎」というのが「スローガン」のように短絡的に結びついたのであった。しかし、実際の生活と結びつかないスペースは無人部屋となり物置と化していった。
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 家事室と同じように最初の出発点で不自然な形をたどったものに男の「書斎」がある。家が時代とともに合理化、洋風化していくに従い、昔の応接間はなくなった。台所と食堂は一室にまとめられ、居間も連続してとられることが多くなった。同時に家庭における女性の力も強くなり、家の中すべては主婦の支配下におかれて、家全体は明るく能率的になった。しかし、男にとっては建築資金を出したにもかかわらず、何か自分の場がない不安、満たされぬ思い、つまり男の居場所がないのである。そのとき、家族から離れて自分の場、すなわち、こもり部屋を獲得したいという願いと「書斎」が結びついた。女の城を台所や家事室とし、男の城を書斎とすることで、一見バランスがとれたように見えた。しかし、その後の書斎の使われ方の多くは、家事室と同じように哀れな姿をさらけ出すこととなった。日本の父親の生活は書斎を必要とするほど成熟していなかった。
今、家庭における性別分担制が消えつつあり、長年続いた台所・家事室・書斎の境界線があいまいになっている。台所や家事室は家族全員の領域におかれ、各々の個人生活の場は自分の好みに応じて別々に持ちたいと願うようになってきた。
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 観念の中でいじられていた「家事室」「書斎」の意味や目的を今日の生活の中で再生させると、それは夫も妻もそれぞれ自分の居場所をつくりたいということであろう。子供は一人で自分専用の部屋をもてるのに、夫婦だけが相部屋というのも考えてみると不公平である。夫も妻も各々に自分自身に戻りたいとき、一人になりたいとき、欲しいのは自分専用のスペースである。
まして夫婦共に職業を持っている場合には、生活時間も違うし、行動様式も当然異なっている。日常的な自分の所持品の数々、例えば名詞、財布、定期、時計、手帳、バッグなどの置き場が必要である。居間や食卓まわりに置かれても始末がつかずに見苦しい。職業上の資料や本、ファイル類などもまとめてきちんと整理したい。たとえ部屋として独立していなくても、最低限自分自身のためのデスクが欲しくなる。
 自分の定位置がはっきりすれば、そこは誰にも邪魔されず、好きに使うことができる。やりかけの仕事もそのまま散らかしておくこともできる。誰も勝手に触ることのできない、家の中での治外法権の場所をつくる効用は予想外に大きいと思われる。                          
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