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西村敏彦のほらふき・ドンドン
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| 秋葉原通り魔事件−格差社会への自爆テロ | |||||
| 加藤智大による秋葉原通り魔事件が起きてから約1ヶ月過ぎようとしている。この「ほらふきドンドン」用に一度原稿を起こしたのだが題材として不適当ではないかと判断し、他の話題をさがしてみたが、やはりこの事件のことがひっかかっている。 「透明な存在感」を提示した《サカキバラ》事件の影響を受けたカテゴリーで類別すれば同じような事件がある。今年に入っただけでも、1月の東京・戸越銀座で起きた16才の少年による殺人未遂事件、軽傷2名。3月に入ると茨城・荒川沖駅で起きた通り魔事件、文化包丁で8人が刺されて、死者1名で負傷者7名。6月の秋葉原通り魔事件は死者7名で負傷者10名。
県立青森高校といえば、寺山修司や太宰治が卒業した名門中の名門校である(福岡でいえば修猷館高、福岡高レベル)。よほどのドロップアウトでも岐阜の自動車関係の短大へは進学しないだろう。単なる成績不良や努力不足ではなく、深刻な親との確執があり、家庭内での葛藤と孤立があったのだろう。彼は短大進学と言う進路選択を親に止めて欲しかったのではないか? そのための犠牲者の数として大きすぎる。「誰でもよかった、人を殺したかった」というコメントは悲しくてやりきれない。
加藤智大による秋葉原通り魔事件は日本人に対して格差社会をもう一度真剣に考えるように迫った天からの啓示であり、必然的な事件である。格差社会というのはこんな風に休日の路上を歩いている善良な市民が大量殺人される現実だという事実に、我々日本人は向き合わなくてはいけない。犠牲になった7人を弔い無念に報いるためには、この格差社会をなくしていくように「政治」にはたらきかけていかねばならない。
ニュースショー、ワイドショーでは「ナイフ」「サブカルチャー」の問題に逃げ、問題をすりかえ矮小化しようとしている。スポンサー様の「大トヨタ」に気兼ねして、自主規制し「報道」とは言えなくなってきている。もっとも大談合組織の記者クラブ経由の情報では真実はミエナイ。(「トヨタ」は肥り人々は死ぬ・・・。)ということだけは確実である。
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