トップ  コラム 西村敏彦のほらふき・ドンドン 「ダークナイト」−格差社会時代のヒーロー論
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西村敏彦のほらふき・ドンドン

「ダークナイト」−格差社会時代のヒーロー論
 バットマンを主人公にした「ダークナイト」を見てきた。手に汗にぎる大活劇に単純な(ハリウッド映画お得意の)勧善懲悪的でない哲学的なフレーバーまで添加してあって、さすが!「メメント」「バットマンビギンズ」のクリストファー・ノーラン監督!!という感じである。
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 全体的に画面も物語もクライ。ヒーローものなのに暴力の爆発が陰性で、デビット・リンチや北野武やスタンリーキューブリックの「時計じかけのオレンジ」などの映画と通じるテイストがある。映画の中のゴッサムシティは新自由主義(ハイパー資本主義)に犯されたアメリカ、日本、イギリス社会のアナロジーである。新自由主義下のゴッサムシティの市民は「カネ」に踊らされている。汚い「カネ」を動かして利益を得ようとするマフィア。「カネ」の価値がすべて「カネ」を増やすためなら何でもするというハイパー資本主義社会。そのためゴッサムシティの警察や公務員にワイロや不正がはびこり、家族の医療費を払えないため裏切りが横行する。
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 「時計じかけのオレンジ」の暴力児を思わせるピエロのようなアンチヒーロー<ジョーカー>。
裂かれた口の黄色い歯の間から毒々しい言葉が吐かれ、背を丸めて邪悪の限りをつくす。自覚されないアナーキーな無意識が「異型」のイメージをふくらませる。そうだ加藤智大をデフォルメさせモンスター化すれば<ジョーカー>というフリークができあがるのではないか・・・?
<ジョーカー>は<バットマン>の異形の補完物としてえがかれている。<ジョーカー>はつぶやく「俺はお前(バットマン)を殺したくない。なぜならおまえは俺を完成させてくれるからさ」
 タイトルのダークナイトは「暗い夜」のことでなく「黒騎士」の事。その反対語はホワイトナイトで「白騎士」という意味である。「白騎士」はヒーローの<デント検事>、「黒騎士」はダーティヒーローの<バットマン>とアンチヒーローの<ジョーカー>両者を示し、その2者はコインの表裏の関係であり、格差社会のヒーロー像を暗喩的に表現している。とにかくヒーロー・ダーティヒーロー・アンチヒーローが三重に衝突し、時に立場をかえ、そのポテンシャルエネルギーの差異をアクションに変えたエモーショナルな映画の律動は「哲学的」と言ってもいい。
格差社会の闇にさいた宵待草のような暗い傑作である。
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 今、ネット上を中心にワーキングプアの間で「サイレント・テロ」という言葉が流行っている。これは格差社会の「勝ち組」に対抗するために「消費しない、子供をつくらない、働かない」を合言葉に消極的な「自爆テロ」を決行しようというものだ。働いても働いても貧困から抜け出せず、生きることに疲れきった若者たちが最後にできるささやかな「抵抗」・・・。
 それは<ジョーカー>よりもオソロシイ。やがてそれが.ボディブローのように社会に効いてくる。そして・・・・?
 

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