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野池政宏のこらこらコラム
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| 「環境主義住宅を解く」第43回 |
先週、久しぶりに大きな書店に行く機会があった。太陽光発電に関する書籍を探しにいくためだったが、環境のコーナーに行って驚いた。平積みされている半分ほどに「環境問題は嘘である」というような本が並んでいたからだ。量がちょうど1:1くらいだったので、「環境警告本」やいまの環境問題情報は正しいことを前提に書かれた本と、そうした「嘘本」が真っ向から対決している様相を呈していた。大変なことになっていると感じた。 やっかいなのは、「どちらの立場の本も読んで、どちらが正しいかを検討しよう」とする人がおそらくほとんどいないと思うことだ。ほとんどの人はどちらかしか読まず、それが正しいと思いながら生きていく。もし半分の人が「嘘本」のほうだけを読むとしたら(そういう状況になっている)、半分の人は「環境問題なんて嘘。リサイクルする必要もない。省エネする必要もない」と結論づけて生きていく。こうした意識は世論となって、いろんなところに影響を与える。 とくにいまは地球温暖化問題への影響が大きい。「嘘本」の多くがこれを中心的なテーマにしている。ここでの主張の多くは「IPCCの報告書が間違っている。信用してはいけない」という主旨だ。 いや、その前に「科学的情報」というものがどういう特徴をもっているかの理解が必要だろう。とくに地球温暖化の問題は「予測」が重要な位置を占める。だからその「予測の精度」が重要になってくるわけだが、科学者たちはその精度をどのように高めようとしているのか、また科学者たちがその精度をどのように評価するのかを知っておかねばならない。 そう考えると、そんな過程を踏んで「どちらが正しいか?」を真面目にコツコツ追いかけていける人は非常に少ないだろう。「科学」というものに対する基本的な認識や理解がベースとして必要だろうし、そうしたベースをもっている人でも、そんなことをする時間がある人は極めて限られている。 結論を言えば、IPCCもまだグレイの部分が残っていることを理解している。グレイとは「十分に説明がつかない、十分な理解が得られる段階に至っていない」というような意味。しかし、そのグレイな部分を差し引いても、「地球温暖化の原因は人為的な活動によるもの」と考えるほうが妥当性が高いという判断をしている。いや、もっと正確に言えば、その妥当性は「将来のリスクを減らす活動をすべき」という政治的判断を行うに十分だということ。言葉を換えれば、「予防原則」に従うに値するほどの科学的真実が揃ってきたということになる。 1年くらいかけてもいいから、ぜひIPCCの第4次報告書を読んでみてほしい。これを何割の国民が読んでいるかが、いまの「環境国力」になるように思う。 |
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